JunPhotoWorks:滋賀 京都 奈良の写真

滋賀在住の風景写真家・兼松純のストックフォトアーカイブ[Stock Photo: Shiga,Kyoto,Nara, Japan].滋賀 京都 奈良の風景・寺社・花の写真を取り揃えています。兼松純写真事務所

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桑實寺(滋賀県近江八幡市安土町)

2017/07/23


安土の桑実寺は、白洲正子さんの『かくれ里』にも登場する名刹で、織田信長が安土城を建てた安土山の隣の繖山(観音寺山)の中腹にあります。

桑実寺へは、観音正寺(西国三十三所観音霊場第32番札所)から山道を下るか、麓の桑実寺集落から数百段に上る石段を徒歩で行くしかありません。

繖山自体が観音寺城という山城になっているため、ちょっとした登山になります。それゆえ「桑実寺の写真はありますか?」と時々お問い合わせがある場所です。

写真をクリックすると、アマナイメージズサイトへジャンプします。
2016年5月29日撮影。

桑實寺本堂
「桑實寺本堂」  カタログNO:shiga_DSC14623.
桑實寺,桑実寺,安土町,近江八幡市,滋賀県,湖東,繖山,天台宗,天智天皇,足利義晴,南北朝時代,仮幕府,桧皮葺

(c) JUN KANEMATSU/SEBUN PHOTO /amanaimages



近江八幡の水郷と田んぼ

「近江八幡の水郷と田んぼ」  カタログNO:nature_DSC15246.
※左側の山が、桑実寺所在地の繖山(観音寺山)。2016年6月12日撮影。

(c) JUN KANEMATSU/a.collectionRF /amanaimages

 

滋賀の写真家・兼松純の撮影日記(桑実寺の歴史と奥の院)

桑実寺を創建したのは、藤原鎌足の長男・定恵(じょうえ)で、その生涯は謎に包まれています。定恵は家族の反対を押し切って僧侶になり(弟の不比等が父の後を継いだ)、唐に留学して桑の実を持ち帰りました。当地で桑を栽培させて日本で最初に養蚕を始めたことから、当地は桑実寺と呼ばれるようになりました。桑実寺からいただいたパンフレットによれば、山号の繖山(きぬがさやま)も、「蚕が口から糸を散らし繭をかけることにちなむ」そうです。

天智天皇は定恵を深く信頼していたようで、天智天皇の四女・阿閉皇女(のちの元明天皇)が病気になったときは定恵に祈祷をさせています。祈祷のかいあって、琵琶湖から薬師如来が降臨し、阿閉皇女の病気を治したという伝承が残っています。これをきっかけに天智天皇の勅願により、桑実寺が創建されました(白鳳6年(677年))。桑実寺縁起絵巻には阿閉皇女を治癒した薬師如来の降臨が描かれ、重要文化財になっています。

桑実寺は歴史の舞台にたびたび登場します。1532年には京都を追われた室町幕府の将軍・足利義晴が、桑実寺の麓に仮幕府を設置しています。その後は安土城を建てた織田信長によって庇護を受けました。

桑実寺の奥の院には、桑実寺縁起絵巻の舞台とそっくりの岩があり、薬師如来が降臨した跡と言われる箇所や、その後元明天皇がお礼参りに行幸したという伝承があります。安土の地名に「豊浦」とあるのは、元明天皇の行幸に由来すると地元の方からうかがいました。

地元の方のご案内で仮幕府跡と奥の院も撮影させていただいていますので、ご関心のある方はお問い合わせ下さい。

 

関連写真

観音寺城と観音正寺

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